●Kazさんのページ

「英語よもやま話」2005年
ここには、読者の皆様との交流の場でもある巻頭序言を集めてあります。

●2005年1月 江戸川柳の英訳】
 明けましておめでとうございます。早いもので「ジョークの達人」も連載が始まってから2年10ヶ月、毎週末シゲさんに催促されて3つずつ掲載してきた英文ジョーク総数は、500近くになりました。これからも面 白いジョークを見つけて掲載し続けていきますので、どうぞ末永くご愛読下さい。さて、2005年初の巻頭序言は、江戸川柳の英訳をいくつかご紹介しましょう。
これ小判 たった一晩 いてくれろ Ah, gold coin, at least one night Stay with me!
孝行の したい時分に 親はなし When you want to show devotion, your parents are no more.
寝ていても 団扇(うちわ)の動く 親心 Even while asleep, the fan is waved by mother's love.
役人の子は にぎにぎを 能(よ)く覚え The public official's child, grasping well learns.
 
【英訳江戸川柳 誹風柳多留 撫尾清明訳より】

●2005年2〜3月 「ふれあい」という言葉】
 「ふれあい」という言葉は耳に心地よく、もし批判でもしようものなら冷血漢みたいに言われますが、この「ふれあい」が一番好きなのはお役人のようです。

 全国にある公共施設(公民館・公園・広場)などで『ふれあい』と名付けられたものは1,800もあるそうです。これは1980年に当時の自治省が「心のふれあいのある地域作り」のために補助金を出したことに端を発し、農家にお嫁さんを世話する「まちとむらの若者ふれあい促進事業」や、学校週五日制が始まると、「ふれあいクッキング」だの「親子ふれあい入浴」などのプログラムを打ち出しました。「ふれあい」という言葉でくるめば大手をふって予算請求が出来るようです。

 そもそも「ふれあい」は「袖振り合うも多生の縁」の語源で明らかな様に、たまたま道ですれ違い袖が触れただけの人とも、前世に縁があったのだという意味です。国語辞典をひくと【ふれあい】=縁が有って今まで知らなかった人と親しく付きあうようになること、と載っています。

 元々他人でない親子を役人が押しつけて風呂に入れようとすることが、なぜ「ふれあい」なのでしょうか?ふれあい施設が151もある埼玉 県で不登校・校内暴力、少年犯罪が全国平均よりはるかに高いというのは、「ふれあい」事業は余り効果 がないという皮肉な結果ではないでしょうか。

●2005年4月 【団塊の世代】
 「団塊の世代」の「団塊」という言葉を三十年前に最初に使った堺屋太一氏が、戦国武将の年齢を現代に換算するとどの位 になるのかを試算しています。同氏によれば(戦国時代の年齢×1.2+3=現代の年齢)に当てはまるのではないかと考察しています。(文藝春秋2005年4月号)
「人間わずか五十年」と言われた時代の年齢を、平均年齢八十歳(男78歳、女85歳)の現代に喩えてみるのは面 白いかもしれません。

戦国武将
織田信長
武田信玄
豊臣秀吉
 
死亡年齢
49
53
62
現代年齢換算
62
67
77
現代の相当役職
社長
会長
名誉会長・相談役

●2005年5月 【英語のidiom】
英語のidiomには人間の身体部分を使った面白い表現が沢山あります。

 Split hairs:髪の毛を裂く→重箱の隅をつつくようなことを言う
To argue about whether he arrived at 2:00 or 2:01 is just splitting hairs.
彼が2時00分に着いたか2時01分に着いたかを論じるのは、重箱の隅をつつくようなものだ。

 See eye to eye:目と目を見合わせる→意見が一致する
They have never seen eye to eye on politics.
彼等は政治に関して意見が一致したことがない。

 Turn a deaf ear to: 聞こえない耳を向ける→相手の言うことを聞こうとしない
He turns a deaf ear to her request.
彼は彼女の要望に耳を貸そうとしない。

 Tooth and nail: 歯も爪も使って(戦う)→全力で
We fought tooth and nail but we lost.
我々は必死に戦ったが負けてしまった。

 Put one's foot into one's mouth: 自分の足を自分の口に入れる→ドジを踏む
That politician always put his foot into his mouth.
あの政治家はいつもヘマなことを言って失敗する

●2005年6月 【パリ万博】
 慶応3年(1867年)の万国博21世紀初の万国博として愛知万博が開催中ですが、日本が始めて万国博に参加したのは、江戸幕府崩壊寸前の1867年(慶応3年)のパリ万博だったということをご存じですか?パリのフランス陸軍練兵場(シャン・ド・マルス)に建てられた万博会場で日本館は、幕府の他に薩摩藩と肥前藩の陳列がなされるという奇妙なものでした。

 当時は大政奉還をめぐる幕末の混乱期でしたが、ナポレオン三世の招待状を受けた将軍徳川慶喜は、実弟の徳川昭武(とくがわあきたけ)を大使として派遣、甲冑鎧・蒔絵・伊能忠能の実測日本図など187箱を出品しました。

 ところが幕府と敵対していた薩摩藩・肥前藩を応援していたイギリス公使アーネスト・サトーが、藩主の島津候と鍋島候を動かして、漆細工・和紙・浮世絵などそれぞれ506箱の出品をさせた結果 です。

 提灯を吊した日本パビリオン「水茶屋」では、芸者三名が来客にお酒やお茶をサービスしたため、異国情緒に惹かれた見物人が殺到したそうで、団扇(うちわ)が一週間で数千本売れたそうです。

【ワインが語るフランスの歴史:山本博著(白水社)より】

●2005年7月 フランスのNON】
 2005年5月29日EU憲法批准の国民投票で、フランスは"Non"という結果を出しました。そしてオランダも否決、イギリスは批准凍結と、真のEU統合へ向かって厳しい状況になっています。先日あるワイン会で一緒になった世界各国の人達と飲みながらこの話をしたところ、こんな意見を聞きました。


W氏(イギリス人):「EUというのは理想主義的(idealistic)目標ではあるが、現実的(realistic)ではない。」
R氏(フランス人):「フランスのNonは、EUというより現シラク政権に対するNonである。」
H氏(ドイツ人) :「EUが予想以上のスピードで拡大し、旧東欧諸国などの低賃金労働者や安い農作物の流入を恐れてフランスはNonと言ったのだと思う。」
L氏(南アフリカ):「国民投票をやる限りは、EUの思想がいかに崇高でも、毎日の生活しか考えない国民にぶち壊されるだけだ。」


 通貨がユーロに統一され、隣国に行くのにパスポートが不要となり便利になる一方で、各国間の経済レベルの差に加えて2000年以上異なった歴史文化の中で歩んできた国々を、共通 の理念で統一するというのは確かに難しいことだと思います 。

●2005年8月 テロリズムについて
 7月7日のロンドンの同時爆破テロが世界を揺るがせましたが、2001年ニューヨークの9.11事件以来、一般 民間人を卑劣な手段で無差別に殺傷するテロがあとを絶ちません。 日本のマスコミでは、テロの原因や宗教的背景についてかまびすしく論じていますが、テロリズムそのものが極悪の犯罪であり、その当事者が誰であるかとか、何を目標とするのかを論じる以前に、テロリズムそのものを憎まねばなりません。

 テロリズムはアメリカ国務省の定義によれば『多数の人間に影響を与えることを意図し、国家レベル以下のグループにより、非戦闘員に対して実行される、事前に計画された政治的動機に基づく暴力』となっていますが、一番肝心な点は襲う側が軍服を着けず身を隠し、通 常の兵器ではなく時限爆弾などを使って、自衛や反撃の手段を持たない一般 民間人を無差別に襲う点でしょう。

 いかに宗教的・政治的大義名分が有ろうとも、この卑劣な手段そのものがすべての大義名分を帳消しにすると思います。
「聖戦」という言葉に惑わされず、犯罪を憎み、犯罪人を徹底的に追及し逮捕処分すべきです。

●2005年9月 【ダイアナ妃】
 8月30日は

(左:マザーテレサ、右:ダイアナ妃)

イギリスの元皇太子妃だったダイアナさんの命日でした。もうあれから8年も経ってしまったのですね。1997年8月にあの悲劇が起こった時ちょうど私はイタリア旅行中で、第一報はローマのTVの画像で見ました。その直後にマザーテレサが続けて亡くなったことも何かしら因縁深い感じがしたものです。

 その1年後にパリを訪れた時、彼女が亡くなったアルマ橋まで行って事故現場(トンネル)の上にある場所に献花して来ました。自然発生的に出来たダイアナ妃の献花場所には彼女の写 真が飾られ、観光客が各国言語で書いた寄せ書きや花束が山のように積まれていました。2000年に同じ場所を訪れたら献花や写 真はパリ市清掃局により既に撤去されていました。

 未だにダイアナ妃の不審な死は単なる事故ではな、何らかの陰謀ではないかという噂が絶えませんが、チャールズ皇太子も再婚し、時の流れを感じます。

●2005年10月 【いなせ】
 最近では時代劇でもあまり使われなくなった言葉、「いなせ」をご存じですか?
『粋で威勢よく、さっぱりしていて男らしいこと』【大辞林:三省堂】という意味ですが、漢字で書くと魚の鯔(ぼら)の背とかいて「鯔背」(いなせ)と読みます。
実は江戸時代 、お江戸日本橋の魚河岸の若い衆の間で髷を鯔の背のように、ちょっと立った感じに曲げて結うのが流行し、それを「鯔背銀杏」(いなせいちょう)と呼んだことから来ています。

 因みに鯔は出世魚で大きくなるに従って、呼び名がオボコ、イナ、ボラ、トドと変わります。「行きつくところ」という意味で使われる「とどのつまり」の「とど」は、この鯔の成魚トドに由来しています。

●2005年11月 【日本最初の英語教師】
 「インディアンの見た幕末の日本」と副題がついた『マクドナルド日本回想記』(ウ イリアムルイス・村上直次郎編:刀水書房)を読みました。

 アメリカ合衆国オレゴン州で白人とインディアンの混血児として生まれたラナルド・マクドナルド(Ranald MacDonald)は神秘な東方の島国日本に憧れ、「日本語を覚え日本がアメリカと貿易をするようになったら通 訳になろう」、というハッキリした目的を持って1848年に捕鯨船に乗り組み、難破を装って北海道利尻島に上陸しました。当時鎖国中だった江戸幕府は彼を囚人として扱い、長崎奉行書へ護送して取り調べ、翌年(1849年)長崎に入港したアメリカ軍艦プエブロ号に乗せて強制帰国させました。

 座敷牢での7ヶ月の幽閉生活の間、彼は日本人通詞14人に英語を教えながら日本語を少しずつマスターしました。いわばマクドナルドは侍に英語を教えた日本最初の英語教師だったのです。彼の一番弟子であった森山栄之助は後にペリーが来航した時(1853年)、主席通 詞を勤めるまでになりました。彼の手書きの和英語彙集を見ると、good=よか、bad=わるか、entertaining=おもすろか、等と長崎方言が使われているのが目を引きます。

●2005年12月 【早口言葉】

 日本語では「隣の客はよく柿食う客だ」などという早口言葉は英語にもあります。
Tongue Twister(舌をもつれさせるもの)といいますが、文の意味はともかくとして、 実際に発音してみると舌がうまく回らないことに気づくでしょう。 早口でペラペラ言えるまで練習して、外国人の前で喋ったら、相手はきっとびっくりしますよ。

1. She sells sea shells by the seashore. 彼女は海岸で貝殻を売っている。
2. The sixth Sheik's sixth sheep's sick.  六番目の酋長の六番目の羊は病気だ。
3. Does your shirt shop stock short socks with spots? あなたのシャツの店では水玉模様の短いソックスの在庫がありますか?
4. If two witches were watching two watches, which witch would watch which watch? もし二人の魔女が二つの時計を見つめていたなら、どちらの魔女がどちらの時計を見ていたのですか?
5. If Peter Piper picked a peck of pickled peppers, where's the peck of pickle d peppers Peter Piper picked? ピーターパイパーが酢漬けの胡椒を一掴みしたら、ピーターパイパーが掴んだ一掴みの酢漬けの胡椒はどこにあるでしょうか?


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