●Kazさんのページ

「英語よもやま話」2011年
ここには、読者の皆様との交流の場でもある巻頭序言を集めてあります。

●2011年1月【完璧】

明けましておめでとうございます。本年もKaz's Bookstoreをご贔屓のほど、よろしくお願い申し奉ります。

欠点や不足が全くなく完全無欠なことを「完璧」(かんぺき)と言いますが、その語源をご存じですか?「璧(へき)」は平らで中央に孔の空いた翡翠などの宝玉 のことです。

中国戦国時代末期の紀元前260年頃、破竹の勢いの秦の昭王(昭襄王:秦の始皇帝の三代前)は、趙の国に「和氏の璧(かしのへき)」と呼ばれる立派な「璧」が欲しくなり、「秦の15の城と『和氏の璧』を交換したい」と申し出ました。『和氏の璧』は単にまばゆいだけでなく、暗いところの置くと自然に光を放ち、冬には暖気を夏には冷気を発したといわれた天下に名高い璧でした。昭王はただ璧が欲しいだけで、十五城を渡すわけがないと困っていた趙の恵文王に、藺相如(りんしょうじょ)という家臣が、「交換条件がうまく成立すれば『璧』を置いてきましょう。交渉がうまくいかないときは、無傷のままを『璧』持ち帰ります」と言った言葉、即ち「完璧而帰」(璧を完うして帰らん)が「完璧」の語源なのです。

この話の続きですか?秦に入った藺相如は交渉の場でまず「璧」を昭王に手渡すと、昭王は大喜びしましたが、予想していたように交換条件のことは何も言わず知らん顔をしていました。そこで藺相如は「実は、その璧には小さな瑕(キズ)がありまして…」と申し出て、説明するふりをしてその「璧」をさっと手にするやいなや、部屋の後ろの柱まで一気に下がりました。「あなたは15の城と交換するつもりがないようなので、この『璧』は私が持ち帰ります。ダメだと言われるなら、ここで私の頭もろとも柱に打ちつけて砕いてしまいます!」と叫びました。昭王は藺相如の気迫に押されて、「璧」とともにそのまま帰国させることにしました。こうして「和氏の璧」は完全なまま恵文王の手元に戻ったということです。

●2011年2月【雑学】

「アシモフの雑学コレクション」(アイザック・アシモフ著/星新一編訳:新潮文庫)を読むと、「エッ、そうなんだ!」、という驚きに満ち溢れています。「だから何だっていうの?」と言われてしまえばそれまでですけれど、まさしくトリビア(trivia=どうでもいいような雑学)の泉といった感じです。例えば…

1

11,111,111 x 11,111,111 = 123,456,787,654,321  

数字の魔術って、面白いですねぇ〜…
2 37は素数(=1とその数字以外に約数を持たない)だが、次の数を割りきれる。
111, 222, 333, 444, 555, 666,777, 888, 999,。 
エッ嘘〜って思いますけど、確かに111÷37=3.... 999÷37= 27ですね。\(>o<)/
3 人体は60兆の細胞からなるが、最大の細胞は卵子で直系0.2ミリ。最小の細胞は精子で175,000個で卵子一個分の重さに相当する。
なるほど、男性は女性に勝てないわけです。(笑)
4 発明王エジソンは4年間で300の特許を取った。5日で一件のハイペースである。そのエジソンは電気は直流が良いと主張するため電気椅子用に交流を勧め、それが効果を示すと「電気の交流は危険である」とキャンペーンを行った。 
本当ですかねぇ?エジソンがそんな度量が狭い人間とは思えないのですけど…

●2011年3月【昭和天皇御製】

「御製でわかる昭和天皇の喜びと嘆き」(文藝春秋2011年2月号)、という対談集を読みました。勅語や記者会見での質疑応答、側近への言葉の中では抑えてきた天皇陛下の本音の声が、お詠みになった歌には豊かに表れ、昭和という時代の光と影を映していると、対談した保坂正康氏と辺見じゅん氏が分析しています。特に私は昭和天皇が平和を求め、国民の生活を心配し続ける気持ちが強かったことが、次の御製(=天皇がお作りになった詩歌)の中に伺われる、と感じました。

・天地(あめつち)の 神にぞ祈る朝なぎの 海のごとくに 波立たぬ 世を (1933年)
・峰つづき おほふ群雲(むらくも) 吹く風の はやく払へと ただ祈るなり (1942年)
・降り積もる み雪に耐へて 色かへぬ 松ぞ雄々しき 人もかくあれ (1946年)
・外国に 長く残りて かへり来(こ)ぬ 人を思ひて うれひは深し (1949年)
・わが国の たちなほり来し年々に あけぼのすぎの 木は伸びにけり (1987年)

【歴史的背景】
1933年: 前年(1932年)は五一五事件(犬養首相暗殺)が起き、満州事変が勃発。
1942年: 日本は前年(1941年)12月に、米英相手に太平洋戦争に突入。
1946年: 前年(1945年)8月に日本は太平洋戦争で全面降伏し、アメリカの占領統治下に入る。
1949年: 「未帰還者を思ふ」と題され、シベリヤ抑留者に心を痛めていたと思われます。
1987年: 昭和62年歌会始めの歌で、「あけぼのすぎ」は終戦時にアメリカから贈られ、吹上御所に
植えられた、メタセコイアのことだそうです。

●2011年4月冷やかし

買う気がないのに品定めをしたり、値段を訊ねたりする人のことを「ひやかし」客と言いますが、この「ひやかし」は、江戸の遊郭吉原で登楼はしないのに、あちこちの張り店(=娼妓が店の往来に面した所に並んで客を待つ店)の遊女をからかったことことが語源であることを、八代目林家正蔵の落語「伽羅の下駄」を聴いて、初めて理解しました。

正蔵師匠によれば、その当時の吉原(現在の浅草)は、和紙を作る職人が多く住んでいました。和紙は原料のコウゾミツマタを煮て溶かしたものを水に浸け、冷えるまで待って作った為、冷えるまでの時間を暇つぶしに、これら職人が吉原の郭でお金を使わずに、遊女をからかって歩いた事が発端だそうです。

この紙を冷まして「ふやかす」時間に引っ掛けて、「冷やかし」という言葉になったというのですが、昔の江戸っ子は粋なネーミングをしたものですね。

●2011年5月【金は諸悪の根源?】

文献を調べていたら、He that lends his pot may seethe his kail in his loof.というスコットランドの諺が引用されていました。

Kailの意味がわからず辞書で確かめると、Kail(Kale):緑葉カンランという植物であるそうですが、どういう植物かピンと来ません。Loofもスコットランドで掌という意味があるということを調べ、Seetheを「沸騰させる」という文字通りの意味だと解釈すると、「人に鍋を貸してしまうと、自分のkailを自分の掌で煮なければならなくなる」という意味になるので、「見栄を張ると窮地に陥る」みたいな教訓かなと想像しました。イギリス在住の友人に聞いたところ、He that lends money to a friend has a double loss because he loses both his money and his friend.(友人にお金を貸すと損出は二重になる。何故ならば金と友人を同時に失うことになるからだ)、というのが正解だそうです。

同じ意味でよく知られている英語の諺に、If you want to keep a friend, never borrow, never lend.(友達でいたかったら金を借りるな、金を貸すな)というのがありますが、「金」に関する諺は色々あります。Money begets money.(金が金を呼ぶ)と思って、複雑な金融商品に手を出し、Money is a great traveler in the world.(金は天下の回り者)と思って市況欄を見ていたら、When poverty comes in at the door, love flies out at the window.(貧乏がドアの中に入ると、恋は窓の外へ逃げていく=金の切れ目が縁の切れ目)となり真っ青になります。Money is the root of all evil.(金は諸悪の根源)と呻いている人は、古今東西大勢いるようです。

●2011年6月【はた迷惑な人々】

Clock-watcdher

終業時間ばかり気にして仕事に身が入らぬ人、こちらの都合も考えず延々とお喋りする人、他の運転者の迷惑を考えずに運転する人、ところ構わずゴミをポイポイ捨てる人など、世の中にはた迷惑な人々が大勢いますが、口語英語ではこんな面白い表現をします。

Clock-watcdher 仕事に身が入らぬ人 (終業時間ばかり気にしています)
Busybody お節介 (他人の事にすぐ首を突っ込む人)
Windbag お喋り (空気袋とは、言い得て妙です)
Road-hog 迷惑運転 (豚野郎!と怒鳴りたくなります)
Fare-dodger 不正乗車 (日本ではキセル乗車といいます)
Litterbug ゴミポイ (どこでも平気で、ゴミをポイ!)

●2011年7月【スパゲティ・ナポリタン】

「ナポリへの道」(片岡義男著:東京書籍)という本を読んで、スパゲティ・ナポリタンという料理は、終戦後に日本で考え出されたという事実を知りました。

1945年日本を占領したアメリカ進駐軍は宿舎として横浜のニューグランドホテルを接収しましたが、彼等は本国から大量に持ち込んだスパゲティを茹でて、それに瓶詰めケチャップを絡めたものを食べていました。

当時ニューグランドホテル総料理長の入江茂忠さんはそれでは味気ないと思い、中世イタリアナポリの屋台で売られていたトマトソースをかけたパスタにヒントを得て、刻んだニンニクにタマネギとトマトをオリーブオイルで炒めたトマトソースを作り、それにハムやタマネギを具にし、名前も「スパゲティ・ナポリタン」と英語風につけてアメリカ兵に出したところ評判になり日本の洋食屋にも拡がり、それを食べた日本人が家庭でも洋風惣菜として、トマトケチャップを使って作るようになったのがこの料理だそうです。

そう言えば昭和30〜40年代はデパートの食堂で「スパゲティ」と言えば、この「ナポリタン」か「ミートソース」(ボロネーズ風挽肉スパゲティ)が定番でしたし、喫茶店でサンドイッチ以外の食べ物といえば、まずスパゲティ・ナポリタンでした。やがて本格的イタリア料理が紹介されるようになり「ナポリタン」、「ミートソース」はどちらかというと「あか抜けない料理」、「お子様ランチ用」というイメージになりましたが、どっこいデパ地下弁当の副菜や、レトルト食品などでは結構根強い人気があるようです。スパゲティ・ナポリタンはウイーン風仔牛カツレットから「豚カツ」を考え出した、融通無碍な日本の洋食文化の一品といえるのではないでしょうか。

●2011年8月【日本語慣用句の由来】

ふだん何気なく使っている日本語慣用句の語源を調べると、それらの由来が日本の伝統 文化・宗教・生活に深くかかわっていることに驚かされます。いくつかご紹介してみま しょう。

1.「満を持す
弓を十分に引き絞ってそのまま構えることから、「十分に準備をして機会を待つ」という意味です。

2.「手ぐすねを引く」
「手ぐすね(手薬煉)」は松ヤニと脂を練り合わせたもので、強度を増すために弓の弦の塗るものです。合戦の前に十分な態勢で待機することから、「何事も用意万端相整える」という意味になりました。

3.「見切る」
「見切る」とは剣道で相手の剣先を皮一枚の距離でかわすことから、「見込みがないと判断して見限る」という意味に使われます。ただ「見切り発車」という使われ方は、「確信を持って見限る」というより「時間切れで仕方なく見限る」というニュアンスで、もともとの剣の達人が「見切る」という意味からはズレて来ています。

4.「揚げ足を取る」
柔道や相撲で相手が技を掛けようとして揚げた足を取って倒すことから、「相手の言葉尻を捉えて、皮肉を言うこと」を意味します。似たような関西弁の言い方に「いちゃもんをつける」(=ぐずぐずと文句をつける)というのがありますが、こちらの方が難癖のつけ方がきついようなイメージがあります。

5.「しっぺい返し」
「しっぺい(竹篦)」は禅宗で座禅の際、座っている修行者を戒めのために打つ細長い竹の板で、それを「打ち返す」ということから、「何かされた時、即座に仕返しする」という意味になりました。

【参考文献】 語語源辞典(学研)、大辞林(三省堂)

●2011年9月【ケベック(Quebec)の思い出】

ケベック
ケベックのランドマーク
シャトーフロントナックホテル

「ケベックを知るための54章」(竹中豊:明石書店)を読んで、18年前の夏に訪れたケベックのことを懐かしく思い出しました。

緑豊かな広々とした東部カナダの州だと思っていましたが、面積は何と日本の4.4倍(=166万平方キロメートル)もあり、夏は短く、5〜8ヶ月に及ぶ冬の平均気温は-20℃であることを知りました。アメリカと国境を接しているのに公用語がフランス語であり、世界中どこに行っても同じ色とデザインだったマクドナルドハンバーガー店の建物が、赤色でなく緑色だったことは、妙に私の心に引っ掛かっていたのですが、この本を読んで氷解しました。

もともとフランス人探検家シャンプランによって開発されたセント・ローレンス川に面するカナダのこの地域は北米におけるフランス植民の拠点だったのですが、18世紀の英仏植民地戦争の結果イギリス領土になりました。けれど数の上で勝るフランス系住民は北米大陸の中で「孤島」の様にフランス語文化圏を守り続け、ついに1977年にフランス語憲章で公用語をフランス語にしてしまいました。この頑固さが「緑の環境に相応しくないマクドナルド店舗の赤い色」を法令で禁じて、「緑色」に塗り替えさせてしまったのです。

ケベックはカナダの一つの「州」というより、強烈なアイデンティティをもった「独立国」という感じがします。それは世界的に有名になった「モントリオール・ジャズフェスティバル」を後援し、それまでのサーカスの概念を変えてしまった「シルク・ドゥ・ソレイユ」を生み出す、文化的エネルギーを持っていることでも伺えます。また政治面でも1995年にケベック州の「主権とパートナーシップ」を求めた州民投票が行われ、僅差で否決されていますが、現在連邦政府と別にケベック州は17の国に州政府事務所を構え、独自の外交活動を展開しています。「北海道庁」が 「日本政府」とは関係なく、ロシア、フランス、アメリカと独自の外交をしている ということは、我々日本人の感覚では想像しにくいのですが、それがカナダ・ケベックの現状のようです。

●2011年10月【志ん朝落語の魅力】

英語のジョーク収集を続けて世界各国の「ユーモア」に親しんでいくと、日本にも世界に誇るジョーク=落語があるのだ(!)と、気がつきました。導入部(枕)で聴き手の耳を引きつけ、話を盛り上げて最後に意外な結末や言葉遊び(落ち)でストーンと外す落語の手法は、まさしくジョークそのものです。私が一番好き落語家は(故)古今亭志ん朝です。歯切れの良い志ん朝師匠の落語CDを聴いていると、「べらんめぇ〜」と啖呵を切る大工職人、「いやでありんす」とお客をあしらう吉原遊郭の花魁(おいらん)、「て、てぇへんだぁ〜」とご隠居宅に飛び込むそそっかしい長屋の住人など、見たことがない二百年前の江戸の町の姿が、ふわぁ〜と目の前に浮かんで来るような気がしてくるのです。

「落語を聴くなら古今亭志ん朝を聴こう」(浜美雪著:白夜書房)を読むと、現役第一線の噺家(はなしか)達がそれぞれ自分が一番好きな志ん朝演目を紹介し、その魅力を「江戸っ子の生き様のいいところが全部出ている」(桂米団治)、「高座に出てくるだけで格好良い」(春風亭昇太)、「お芝居を見ているようで情景がうしろに浮かぶ」(古今亭志ん五)、「リズムが心地良い」(林家正蔵)、「軽快で軽妙なやりとりの楽しさ、音の陽気さは音符に写し取れるくらい見事な歌なんですよ」(立川志の輔)、「和太鼓の響きがわき上がってくるようなトーンで、『御慶(ギョェ〜エェェェ)』って叫ぶ志ん朝師匠の声に、ガーンと稲光に打たれたような感じがしました」(林家たい平)、「噺よりも演者が勝っている」(笑福亭鶴瓶)、などと賞賛しています。

●2011年11月【旦那】

妻が夫を呼ぶ時に「うちの旦那さんは…」などと使いますが、この「旦那」という言葉は仏教用語の「檀那」から来ています。「与えること」を意味するサンスクリット語danaを音写して「檀那」とし、「布(あまね)く施す」から来た「布施」と同様、「施し与える」という意味で使われました。ですからお寺に属して墓を管理してもらう代わりに、寺院改築時などに金品を寄付する門徒達を「檀家(だんか)」と呼ぶのです。

この「面倒を見る人・金を出してくれる人」が転じて、商家では奉公人が主人のことを「旦那」と呼び、妻が夫を旦那さんと言うようになったのです。最も現代は男女雇用機会均等社会で、「旦那」に一方的に養ってもらっている奥さんの方が少なくなっていますので死語になるのではないでしょうか。何しろ現代の夫達は<共済組合>ならぬ<恐妻組合>に加入し、家計を握る妻から<施し>のお小遣いをもらうようになっている人が多いようですから。(笑)

●2011年12月【クリスマスと一陽来復】

クリスマス(Christmas)は、キリスト教では神の子であるイエス・キリストの降誕を祝う日で、「キリスト(Christ)のミサ(Mass)」が語源となっています。教会暦では12月24日の日没から12月25日の日没までが降誕祭とされていますが、12月24日夜をクリスマスイブとし、12月25日をクリスマスと呼ぶのが一般的になっています。

もともとキリスト教では1月6日を主の降誕日として祝っており、現在でもこの日は公現祭として残っています。中世にキリスト教をゲルマン・ヨーロッパに定着させるため、当時その地で行われていた「ユール」(=収穫に感謝し太陽の復活を祈る冬至祭)に合わせて降誕祭を行うようになったようです。現在でもスェーデンなど北欧諸国ではクリスマスを「ユール」(jul)とよんでおり、その関連性がうかがえます。因みにフランス語ではノエル(Noe)です。クリスマスと冬至祭との関連についてこんな記事がありました。【注1】

クリスマスが12月25日と決まったのは西暦350年頃とされているが、この日になったのはかつてローマ帝国で信仰されていたミトラ教の冬至祭の影響を受けたと言われる。冬至の頃太陽神ミトラの誕生日を祝うことで、弱まってきた太陽の蘇りを願うことがその起源だったそうだ。言うまでもなく冬至は昼の時間が最も短く太陽の力も弱々しく感じられるので、世界中の農耕社会で太陽の復活を願う冬至祭りが広く行われてきた。日本の火祭りの多くも冬至祭りとして始まったとされる。東京新宿の穴八幡宮で冬至の時に配られる「一陽来復」という御札の言葉にも、そんな願いが込められている。「陰」が極まって 「陽」が戻って来るという意味で、冬が去って春が来るということから転じて、「悪いことばかり続いたが、ようやく良い方向に向かってきた」という意味になるからだ。

【注1】「産経抄」(2008/12/21産経新聞)

 


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