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「英語よもやま話」2014年
ここには、読者の皆様との交流の場でもある巻頭序言を集めてあります。

●2014年1月【日本人の英語】

「日本人の英語」(Mark Petersen:岩波新書)を読んで、今まで苦労してきた定冠詞・不定冠詞の用法や、わかりにくい単数・複数の区別も、英語の論理にしたがって考えれ ば、がむしゃらに丸暗記しないで済むことがわかり、もっと早くこの本を読んでおけば随分英語学習もはかどっただろうと思いました。

例をいくつか挙げましょう。
(1)the United States of Americaに、なぜtheが必要か?それは普通名詞の statesがあるからで、the states which are unitedの意味だからである。ところが日本の英文法書を読むと「特定の国の名前 the United States of Americaなどには定冠詞 theをつける。ただしJapan, Canadaはつけない」と書かれている。どちらの方が頭で理解し易いだろうか?
(2)相対位置を表す前置詞 in は「中に」、onは「上に」が基本概念である。したがって足を接して乗ったり、跨がって乗る乗り物は get on(train, ship, bicycle)であり、中に乗り込み、自分の意識と動いている物の意識が近い乗り物はget in(car, taxi)となる。
(3)A chickenと chickenとはイメージすることが全く違う。前者は一羽の鶏を想像するし、後者は鶏肉を想像する。したがって "Last night , I ate a chicken in the backyard."と書かれていれば、まるまる一羽の鶏を食べている光景を思い浮かべてしまう。ところが日本の英文法書では、「数えられる名詞の前には a をつける」と教えられるので一羽、二羽と数えられる鶏にはa が必要と思い、アクセサリーのように付けてしまう。実際は鶏肉という決まった形を持たない"食肉"なのであるから、"I ate chicken."が正しい。
(4)I went to a movie with my friend. と言うと、「君の友達は1人しかいないの?」と思ってしまう。 I went to a movie with one of my friends. もしくはI went to a movie with a friend.なら、誰だか知らないけど友達と一緒に映画に行ったんだね、と素直に理解できる。

著者は日本人の英語は日本語の論理で考え、日本人が書いた日本語による英文法書で教わった文法知識を使って英語を使おうとするので、奇妙な英語になると指摘し、英語を使う時は頭脳を英語環境に変えれば、英文の読み書きが上手になれる、と勧めています。

●2014年2月【教育勅語】

まともな挨拶すら出来ず、「別に」・「うっとおしい」という言葉で会話を済ませてしまう「ゆとり教育世代」の若者は、不作法すら「個性の発揮」として注意されなかったため、人に謝ることをせず、問題を他人や社会のせいにしがちです。彼等は教養と気概を教育されてこなかったため、物事を深く考える習慣が身に付いていないようですし、我慢するということが出来ないようです。「躾・読み書き・算盤」という教育の原点を無視した「ゆとり教育」は、人材という日本に取って不可欠な資源の質を低下させた点で国家百年の損失と言えます。アナクロニズム(時代錯誤)と言われるかも知れませんが、私は明治23年に制定された教育勅語の一節をもう一度読み返してほしいと思います。「之(これ)古今に通じて謬(あやま)らず」、とその最後の一節に書かれた通りだと思います。

父母に孝に 兄弟に友に 夫婦相和し 朋友相信じ 恭倹己れを持し 博愛衆に及ぼし学を修め業を習い 以て知能を啓発し 徳器を成就し 進んで公益を広め 世務を開く

(両親には感謝し、兄弟は励まし合い、夫婦は助け合い、友人達とは信頼し合い、他人には謙虚に、自分は慎み深く、まわりの人に思いやりの心を広げましょう。学業や技術を高めるために努力し、知徳を磨き、一人前の実力を養ったら、世のため人のために働きましょう。)

●2014年3月【映画字幕作りの苦労】

洋画字幕作りでは日本の第一人者と言われている戸田奈津子さんが、翻訳の苦労を「一行十文字、長くて二行。この限られた枠の中で観客を笑わせ、泣かせ、楽しませる四苦八苦の作業が字幕作りなのである」と、裏話をいくつか「私の銀座」(銀座百店編集部篇:新潮文庫)で紹介しています。
1982年に封切られた青春映画「グリース2」で、高校の女生徒がかなりオバンの校長先生の所に硬い表情でやってきて告白する場面ですが、女生徒はperiod を"生理"の意味で使っているのに、オバン校長は"学習時間"の意味に取り違えているのです。

女生徒 "I missed my last two periods." 生理が二度ないんですけど。
女校長 "That's all right, dear. You can make them up after school." 大丈夫よ、それなら放課後の補習で取り戻せるわ。

この取り違えの英語のダジャレの面白さは、直訳した日本語では理解できません。ここでは日本語で何としても笑ってもらわねば、と考えた戸田さんは苦肉の策で女校長の字幕をこう作り替えました。

女校長:大丈夫、私なんか二年前からないわ。

「試写室ではここでドッと笑いが起こったので、字幕担当者としてはホッとする反面、 後ろめたい気がしないでもない。意訳どころか、完全な創作だからである」と、戸田さんは語っています。
私も「英語のジョーク」を日本語に訳す時に、いつも悩むのがこの点ですが、一行十文字、長くて二行の映画字幕に、こんな"脚注"をつけていたら画面がどんどん進んで、わからなくなってしまいますものね。(笑)

女校長:大丈夫よ、それなら放課後の補習で取り戻せるわ。【脚注】"それ(period)"を女生徒は生理の意味で言ったのだが、女校長はperiodを学習時間と勘違いしたので、可笑しいのである。

●2014年4月【シーザーサラダ】

ロメインレタスにパルメザンチーズとクルトンをトッピングし(アンチョビやベーコン、あるいは鶏肉を入れるバリエーションもあるようですが)、ニンニク、塩、コショウ、レモン汁、オリーブオイルをドレッシングとしてかけて食べるサラダは、「シーザーサラダ」(Caesar salad)として知られています。
シーザーといえば通常、古代ローマの偉大な軍人政治家ジュリアス・シーザー(Julius Caesar)を思い浮かべます。特に主材料であるロメインレタス(Romaine lettuce)は「ローマのレタス」の意味ですし、帝王切開のことを英語で(Caesarean section:シーザーは自然分娩でなく切開で生まれたという伝説があります)ということから、シーザーが好んでいたサラダではないかな?と、つい連想しがちです。

ところがこのサラダは紀元前の英雄とは、全く関係ありません。アメリカと国境を接するメキシコのティファナ(Tijuana)という町のレストラン経営者、シーザー・カルディーニ(Caesar Cardini)というイタリア系移民のメキシコ人が1924年に創作したものです。当時アメリカは禁酒法時代だったので、大っぴらに酒を飲みたいアメリカ人は国境を越えたメキシコで羽を伸ばしていたようです。たまたまこの年の7月4日(アメリカ独立記念日)、大勢のアメリカ人が彼の店に押し寄せたため、カルディーには手元に残っていたありあわせの材料で作ったのが、このシーザーサラダだったそうです。【注1】
やがてシーザーサラダは名物料理として評判となり、アメリカ本土へ広がったそうです。
ジュリアス・シーザーは「来た、見た、勝った(Veni, vidi, vici)」という有名な言葉を残していますが、メキシコのレストラン経営者シーザー・カルディーニさんの場合は、さしずめ(客が大勢)「来た」、(材料が)「なくなった」、(残り物で)「作った」のが、大ヒットしたということでしょうか?

【注1】ウイキペディアhttp://en.wikipedia.org/wiki/Caesar_saladによる。

●2014年5月【出たとこ勝負】

 賭博に語源を持つ日本語を調べてみると、当然のことながら上品でない隠語ばかりで、「胡散臭いものを形容する」言葉や、「運を頼りに勝負に出る」表現が多いことに気付きます。いくつか並べてみましょう

1.いかさま
「いか」にもそのような様子「様=さま」に見せるという意味で、賭博における不正行為を「いかさま」と言うことから、「偽物・まがい物・詐欺」を意味するようになった。

2.でたらめ
「出たとこ勝負」のサイコロを振って、出た目(=サイコロの数字)で決まることから転じて、論理的根拠がなく首尾一貫しない「いい加減なこと」を、「でたらめ」と言うようになった。

3.一か八か
サイコロ賭博で偶数・奇数を意味する「丁」・「半」の漢字上部が「一」と「八」が書かれているため、丁か半か運を天に任せ、一挙に勝敗を決することを指すようになった。

4.ピンキリ
「ピン」は、「点」を意味するポルトガル語「pinta(ピンタ)」(=英語でpoint)に由来し、サイコロやカルタの目の「一」を意味するようになり、転じて「最初」(最上)の意味となった。「キリ」は「限り」を意味する「切り」から、「最後」(最低)の意味となった。

●2014年6月【地元利益誘導政治(Pork barrel politics)】

政治家が選挙で投票を得るために、支持基盤とする地域に政策的な便宜を図ることを「地元利益誘導政治」といい、顕著な例としては東海道新幹線開通時に選挙区である岐阜羽島の水田地帯に駅を建てさせた大野伴睦、地元の埼玉県深谷駅に急行を停めるよう国鉄総裁に迫った荒船清十郎、そして新潟県に新幹線・高速道路を敷設した田中角栄、広島県三原市に広島新空港を作らせた宮沢喜一などが知られています。このような地元利益誘導政治を英語では"Pork barrel politics"(豚肉保存樽政治)と、面白い言い方で表します。その語源を調べると【注1】、興味深い歴史が浮かび上がってきました。

The term "Pork barrel politics" usually refers to government spending which is intended to benefit constituents of a politician in return for their politica l support, either in the form of campaign contributions or votes. In election campaigns, this term is used in derogatory fashion to attack opponents. Typically, "pork" involves funding for government programs whose economic or service benefits are concentrated in a particular area but whose costs are spread among all taxpayers. Public works projects and agricultural subsidies are the most commonly cited examples.

「豚肉樽(Pork barrel)政治」という用語は、通常政治家が選挙での投票もしくは政治献金などの見返りに、政府予算を自分の選挙区の利益となるように支出させる時に使われる。この言葉は選挙戦では対立候補を非難する時に、軽蔑的なニュアンスを持って使われる。通常この「豚肉」とは、全国民から集めた税金を原資として、ある特定の地域へ集中して経済的利益やサービスの向上などを図るべく政府支出することを意味する。公共事業や農業補助金などが顕著な事例として挙げられる。

The phrase originated in American English, pre-Civil War practice of giving slaves a barrel of salt pork as a reward and requiring them to compete among themselves to get their share of the handout. More generally, a barrel of salt pork was a common larder item in 19th century households, and could be used as a measure of the family's financial well-being.

この語句の語源はアメリカ英語で、南北戦争以前に農場主達が奴隷達を競って働かせるために、樽に入った塩漬けの豚肉を褒美にして、働きに応じて分けて与えたという慣行に基づいている。さらに一般的な解釈としては19世紀当時、塩漬け肉の樽は一家の肉保存用に博く使われており、この樽の多さがその家の豊かさを示すものとされたことも挙げられる。
【注1】ウイキペディア

●2014年7月【クシガッティ】

  競馬コラムニストの井崎脩五郎さんが産経新聞のスポーツ欄(2013/06/14)に、こんなエッセイを載せていました。そのまま英語のジョークに使えそうな話ですね。

 昭和40年代のことだが、東京の新宿に「久寿愚亭」(くすぐってい)という名のスナックがあった。マスターは初老のアメリカ人で世界中を旅行しているうちに、新宿が気に入り長逗留しているうちにこのスナックのママさんとデキて、マスターにおさまったと聞いたが、この店の看板「久寿愚亭」の下に英語で CUSHY GUTTY と書かれている。CUSHYは「気楽な」、GUTTYは「元気の良い」と云うくだけた英語だとマスターが教えてくれた。

 マスターは世界旅行に出る前はミネソタで馬主だったそうで、その時持っていた二頭の馬に付けた名が CUSHY と GUTTY だったが、この店に初めて入った時、「くすぐってい?クシガッティ?ここに骨を埋めるのが自分の運命かもしれない」と、頭の中にピカッと光が灯ったそうである。

 後年寄る年波で店を閉めることになった時、マスターが馴染みの客に「くすぐってい時は、これ」と孫の手を配ったことを思い出す。

●2014年8月【原爆ドーム】

1945年8月6日午前8時15分、人類史上初の原子爆弾が炸裂したのは広島市の上空600mでした。爆風の圧力は1平方メートルあたり35トン、風速440m、爆発時地上温度は3,000度に達したという凄まじいもので、原爆のキノコ雲は12,000mの高さに達したと投下機「エノラゲイ」乗員に記録されています。【注1】
その時広島市には35万人の人が居ましたが、爆心地から1.2キロメートルの場所ではその日のうちにほぼ50%が死亡し、放射線による急性障害が一応おさまった1945年12月末迄に約14万人が死亡したと推定されています。【注2】
その後も被爆症で亡くなった方の人数は増え続け、2012年8月時点で原爆被爆者名簿に記された死者の数は、280,959名に達しています。

爆心地から200mの位置にあった広島県産業奨励館の建物は瞬時に崩壊しましたが、中央のドーム部分だけは奇跡的に全壊を免れ、枠組みと外壁が残りました。「二度と同じような悲劇が起こらないように」との戒めや願いをこめて、原子爆弾の惨禍を今に伝える記念碑として残され、「原爆ドーム」として世界遺産になっています。写真では何度も見て資料も読んでいましたが、あらためて原爆ドームの前に立つと、いかに終戦を急がせるためとはいえ、なぜアメリカがこのような極悪非道で残虐な兵器を使用したのか、しかも広島のみならず長崎にまでも、と暗然たる思いになります。
考えたくはないのですが、アメリカ人(白人)は日本人(黄色人種)を、人間以下のイエローモンキーと思っていたのでしょうか?

【注1】広島平和記念資料館で購入した冊子「ヒロシマ」による。
【注2】広島市のホームページ

●2014年9月【奥の細道】

「月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口捉えて老いを迎うる者は、日々旅にして旅を住み処とす」という有名な一節で始まる松尾芭蕉「奥の細道」は、俳人の聖書ともいうべき書であると共に、旅行記の傑作でもあります。

ドナルド・キーン(Donald Keene)氏がこの古典を、格調高い英語で訳した"The Narrow Road to Oku"(講談社インターナショナル出版)を読むと、あぁ、俳句の英訳はこうするのかというお手本を見る思いがします。
氏は日本語では略されている主語を英文ではきちんと記し、また旧仮名使いと今は使われなくなっている江戸時代の日本語をひとつひとつ英文に翻訳しているので、逆に英文を読むと、芭蕉の言わんとしていることが現代人の私にもよくわかります。最初の一節は次の様に翻訳されています。

The months and days are the travelers of eternity. The years that come and go are also voyagers. Those who float away their lives on ships or who grow old leading horses are forever journeying and their homes are wherever their travels take them.

「奥の細道」に書かれている有名な芭蕉の句のキーン氏訳を、少しご紹介しましょう。

●行く春や 鳥啼き 魚(うお)の目は泪
Spring is passing by! Birds are weeping and the eyes Of fish fill with tears.
●閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声
How still is here Stinging into the stones, The cicadas' trill
●荒海や 佐渡に横たふ 天河(あまのがわ)
Turbulent the sea Across to Sado stretches The Milky Way

●2014年10月【老いて美しい人】

雑誌「文芸春秋」が65歳以上の男性500人と女性500人に、「老いて美しい日本人」のアンケート調査をしたところ、男性は高倉健、女性は吉永小百合が選ばれました。以下男性では加山雄三、王貞治、長嶋茂雄、女性では八千草薫、美智子皇后、岸惠子などが続いています。単に若々しく姿形が良いというだけでなく、年齢と共に滲み出る人間性が高く評価された高倉健さんは、この結果について、なかなか味わい深い感想を述べています。

『まだそんな爺じゃねぇよと思っているけど、若い頃と比べて成長したとすれば、無駄な争いを避けるようになりましたね。
(男の色気が有ると言われて)
まだ、モテようと思っているからでしょうか。
(私生活について聞かれて)
自分はプライベートを晒したり売り物にするのは好きじゃない。離婚話なんかぺらぺら言うような九州男児にはなりなさんな、という亡き母の声が聞こえてくるので、そのことは喋りません。
(今後の映画出演について)
幸いにも役者には定年制度がないけれど、台詞が覚えられない、身体が動かない、心が 動かないと思ったら、人に迷惑をかけるので俳優を辞めますよ。
(あなたが美しき人と思い人は?と問われ)
自分が人を美しいなぁ、と思うのは多くの人 があえぎながら生きて行く人生で、その人の心意気を垣間見た時です。美しさとは他者 に対しての優しさではないでしょうか』

う〜ん、本当に格好いいですねえ、健さんは。トップに選ばれるだけのことはあります。

●2014年11月【人間関係を表す面白い英語表現】

人間関係を表す面白い英語表現がいくつかありますが、その語源や日本語表現との類似性を調べると、興味深いものがあります。

Fair-weather friend (いざという時に頼れない友人)
I thought I could count on him, but I have found he is just a fair-weather fri end.(彼はあてに出来ると私は考えていたが、いざとなると頼れない男だということがわかった。)
◆天気が良い時だけ近づき、天気が悪くなったら遠ざかるといった打算的で不実な友人は、古今東西あとを断たないようです。

Give someone the cold shoulder (冷遇する、意地悪く無視する)
Why do you always give my mother the cold shoulder? Because she always criticizes me.(なぜ私の母親に対して、いつも冷たい態度を取るの?だって彼女は、僕のことを批判してばかりいるからさ。)
◆長居をする客に冷たくまずい肩肉を出して、迷惑であることを意思表示したことが語源と言われています。

Get on like a house on fire (アツアツの仲である)
Chris and Jenna get on like a house on fire. (クリスとジェナはアツアツの仲だ。)
◆燃えさかる家のような情熱を持って付き合っている、という譬えです。

Tie the knot(結婚する)
Finally he tied the knot with Jenna. (彼は結局ジェナと結婚した。)
◆一本の紐で結び目(knot)を作ることが語源と言われ、日本語の『縁結び』に通じます。

●2014年12月【稲荷神社】

朱色の鳥居と狐の彫像がシンボルの稲荷神社(いなりじんじゃ)は、路地の小祠まで入れると稲荷神を祀る社は全国で三万以上といわれる膨大な数になるそうです。本来は穀物を食べる野ネズミを狐が食べてくれるので、狐を穀物の守り神と考えた穀物・農業の神様でしたが、特に江戸時代になって稲荷が商売の神として大衆の人気を集め、俗に「伊勢屋、稲荷に、犬の糞」とまで言わるようになり、江戸の町の至る所で見かけられるものとなりました。商業からさらに進んで産業全般の神として信仰されているため、屋敷神として個人や企業などに祀られているものも少なくありません。

我が家近くの小滝橋(東京と中野区東中野)にも、そんな小さな祠がひっそりとたたずんでいます。この祠のすぐ近くには昔からある手作りの豆腐屋さんがあり、そこでは当然のことながら油揚げを売っており、その横にある蕎麦屋ではその油揚げの入ったきつねうどんがメニューに載っています。なぜ油揚げがお稲荷さん・狐と結びつくのか不思議に思って調べてみたら、穀物の守り神として感謝の気持ちとして農作物を供えたところ肉食の狐は喜ばず、何かの拍子に油揚げを供えてみたら野菜よりはマシな食べ物とみたのか、狐が口をつけたので、は油揚げが好きなのだと人々が思うようになったという説がありました。うーん、本当でしょうかね?(笑)なお京都市伏見区にある伏見稲荷大社が、日本各地にある稲荷神社の総本社となっています。


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