●Kazさんのページ

「英語よもやま話」2018年
ここには、読者の皆様との交流の場でもある巻頭序言を集めてあります。

●2018年1月【金賢姫三十年目の告白】

 30年前に大韓航空機(KAL)爆破事件【注1】の犯人として逮捕され、現在韓国で暮らしている元北朝鮮工作員金賢姫(キムヒョンヒ)が、事件当時から取材を続けてきた産経新聞論説員黒田勝弘氏のインタビューに答えた内容が、文藝春秋2017年12月号に掲載されていました。北朝鮮の非道で残虐なテロ実行手口が、それを実際に行った工作員自身の口から生々しく語られています。(黒=黒田勝弘氏、金=金賢姫)

黒:あなたは何故北朝鮮工作員になったのですか?航空機爆破実行指令が来たのはいつですか?
金:平壌外国語大学で日本語を学んでいた大学二年生の時(1980年)、私は突然スカウトされ実弾射撃や短刀操法など軍事訓練をしながら、日本人になりすますための日本人化教育も受けました。1984年に金勝一を紹介され、それから二人は「蜂谷真一」「蜂谷真由美」父娘として、一緒に欧州各国を回りました。1987年10月27日に「1988年ソウルオリンピックを阻止するために、南朝鮮の飛行機を消せ」という任務が与えられました。平壌からモスクワ、ユーゴスラビアを経由してイラクのバクダッドでKAL858便に乗りました。

黒:そして時限爆弾をKAL機に残したまま、二人はアブダビ空港で降りたのですね?
金:はい、金勝一がラジオを改造した時限爆弾を9時間後に爆発するようタイマーをセットし、ビニール袋に入れて座席上部の手荷物入れに置きました。バクダッドからアブダビまでの僅か1時間足らずのフライトが、千年にも万年にも感じられました。

黒:KAL機の爆発はどこで知りましたか?
金:私と金勝一はバーレーン空港でローマに向かう飛行機に乗ろうとしましたが、搭乗口で「蜂谷真由美さんのパスポートは偽物です」と言われ、私達は隙をついて肌身離さず持っていた毒薬アンプルを口にいれて噛みました。意識が遠のいていくのが分かりました。当初から「爆弾を置いて飛行機から降りるのが困難だったら、乗ったまま一緒に死ね。降りても疑われたらその場で自殺しろ」と命じられていました。私達二人共革命戦士と聞こえはいいけれど、ただの自爆ロボットだったのです。

黒:しかし金勝一は死に、金賢姫は生き残った。あなたは韓国に連行された後、一ヶ月も経ずにすべてを告白しました。どの瞬間に「もう駄目だ」と思ったのですか?
金:韓国が北で教えられていた国と全く違ったからです。韓国の人々は生活が豊かで言論や思想の自由が保証されており、見る物全てが新しかった。そして私は確信したのです。金日成の教育は嘘だ。間違っている。私がやったことは祖国統一の助けになるどころか、罪のない人々の命を犠牲にしてしまっただけだ、と。

【注1】1987年11月29日、イラクから韓国に向かったKAL858便が、経由地アラブ首長国連邦アブダビ空港を発った後にインド洋沖で爆発し、乗客・乗員115人が死亡した事件。その直前アブダビ空港で降りた「蜂谷真一」「蜂谷真由美」と名乗る不審な日本人親娘が逮捕されたが、北朝鮮工作員でKAL機に爆弾を仕掛けた金勝一(当時69歳)と金賢姫(当時25)であることが判明した。両名は服毒自殺を図ったが、金賢姫は一命を取り留め、韓国の裁判で死刑判決を受けたが(1990年)特赦され、その後韓国人男性と結婚し二児の母として韓国の地方都市で暮らしている。(文藝春秋2017年12月号)


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